不登校支援ネット通信 「客間」と「プライベートとパブリックを区別する感覚」

 前回,近年の若者の弱点として「プライベート」と「パブリック」の区別ができにくくなっている傾向があることを指摘しました。原因としては色々なことが複合しているものと思われますが,その大きな原因の一つとして家の間取りの中から「客間」というものの存在がなくなったことがあると考えています。これは「家の間取りと自我の発達に関係がある」という主張になります。多くの方にはかなり意外な考え方かもしれません。 戦前までの伝統的日本家屋にはほとんどの場合「客間」と呼ばれる部屋がありました。これは,家族以外の来客があったときに,この部屋に通して接待するための部屋です。冠婚葬祭が地域共同体単位で行われていた時代には,この部屋がその機能を果たしていました。日常的にその部屋を使うことはなく,そういう「特別なとき」にのみ使われる部屋です。来客がそれほど多くなければ,実際に使用するのは,年間にわずかの日数ということもあったと思われます。それでも多くの家では「客間」があるのが普通でした。
 戦後,住宅からこれらの部屋は設定されないことが普通になってきました。核家族化し,家もせまい敷地に建てるためスペースが少なくなったという事情もあったでしょう。「年間に数日しか使わない部屋をわざわざ作るのは合理的でない」ということかもしれません。学校の先生が家庭訪問をするとリビングに通されることはごく普通になりました。面談は家族が普段使っている食卓に座っておこなうことも多いようです。そうすると子どもにはどういう影響が考えられるでしょうか?
 家庭外の「社会」は非常に厳しい場です。競争もあります。他者との関係を調整しながら学校や仕事を続けていかなくてはいけません。多かれ少なかれ常に緊張を強いられる場です。これに対して「家」の中は,一種の解放区として家族が一定の信頼関係で結ばれ,リラックスできる場です。(そうでなくてはいけませんし,そうありたいものです。)「家」というプライベートな安心できる空間があってはじめて,「社会」という緊張を強いられる空間で能力を発揮し,一定の課題をこなしていくことが可能になります。
 家族外から家庭に入ってくる「客」は当然ながら「社会」の一部です。社会における関係として調整をするべき相手です。「客間」や「仏間」はその社会関係を調整する場として「家」の中に設定された部屋だったわけです。「客間」以外の部屋はプライベートで安心できる空間として機能することができました。客が来ていても,子どもはリビングでリラックスして過ごすことができました。そして,客間にごあいさつに行く時にはそれなりのきちんとした態度が求められました。そのことで「プライベート」な態度と「パブリック」な態度を使い分けることが感覚的に身についたと思われます。
 ところが「客間」がなくなり「リビング」に直接客が入ってくるということは,それまで「リラックスでき安心できるはずの空間」が一瞬にして「緊張をともなう社会的空間」になってしまうということです。子どもからすると,その場合どのように振舞うべきなのかわからなくなり,相当な混乱を生じると思われます。そうなると感覚的に「プライベート」な態度と「パブリック」な態度を使い分けることも難しくなると思われます。「プライベート」と「パブリック」を分ける感覚も希薄にならざるを得ないと思われます。
 このように,家の間取りや構造が自我の発達には意外に大きな影響を与えているものと考えています。次回以降はその点についてもう少し深く考察してみたいと思います。
                                            2014年12月22日 豊永