フェルメールと簿記3

実は フェルメールの作品で 私が「あっ」と思った「絵画芸術」は、 ナチスドイツの総統 ヒトラーの持ち物であったことを 後から知りました。しかもまた ナチの幹部は 揃って フェルメール好きであったことも知りました。

 

なるほどと 感じたことを 表現するかどうか 考えましたが、あくまでも 

「光忍の一言」であるという範囲に おいて 表現することに いたしました。

 

また、昨年秋には ノーベル物理学賞に懐かしいお顔が、お二人も同時に報道されましたので、私も「おめでとうございます」のメッセージを 過去を 振り返って書かせて 頂くことにいたしました。

 

ノーベル物理学賞の小林先生は、もう三十年近い昔、私が勤める研究所に助教授として京都からこられたと覚えておりますが、昨日のことのようです。現在研究所の名前も変わり、既に名誉教授になられておられることを知りました。南部先生は研究にアメリカから来られたと思います。インドからも研究に来られていましたし、オランダからも短期でしたが、Dr.ボーアのお孫さんのDr.ボーアが、論文を書きにこられていました。

 

黒板一杯に書かれた計算式を、ああでもない、こうでもないと議論されていたのを懐かしく思い出しました。その時期私は、その計算式と加速器の実験棟を眺めながら、いったい存在とは何なのか考えていました。

存在を深く考える空間をそこで与えていただいた気がします。

 

書かれる計算式をタイプで打ち込みながら、若い研究者の方に、これは一体どういうことなのか質問していました。私の専門外の場所でしたが、計算式でいわれていることは、漠然と理解できました。

 

しかし「自己の矛盾」と「身の回りで起きる不可思議」をどうしても解決できませんでした。

そこで私は「仏教は実際やってみなければ判らない」と考えを固めました。

 

あの頃のあの素粒子を研究されている方々の情熱に触れたがゆえに、私の決意も固まったのだと思います。仏門に入る強い決意がゆるぎないものになったのは素粒子の研究をされる方たちの研究態度にありました。そして今の私がいるのです。

もう一つの仏門に入る動機となっていったのは大学時代の国際法と経済の講義と、先生方の研究態度でした。

 

去年必要に迫られて簿記の講座を受講いたしました。

 

実務に利用するにはまだ時間がかかりそうですが、簿記を考えると大学時代の経済の講義とフェルメールの絵を思い出します。そこで東京出張の折、東京都美術館で開催中だった「フェルメール展」へ出かけてみることにしたのです。

 

「光の天才画家とデルフトの巨匠たち」の サブタイトルが ありました。

ユニークな展示で、疑問に答えてくれる 展覧会でした。

 

この時代の人々は旧教と新教の対立を経験し、新教は 特に女性の労働を神聖化して捉えたこと、そしてその矛盾を解決できずに フェルメールは カソリックに 改宗しただろうことなどが、ありありと感じとれました。

 

カレル・ファブリティウスの 「歩哨」という絵は「予言」で溢れていました。黒犬は忠実な死を表していました。

神聖で在るべき聖アントニウスの「アーチ」はただの門であり、その向こうは、行き止まりで人が歩くだけの道になっています。

神聖な何かを守ってきた「自分―歩哨」は すでに疲れきってしまっています。もう神に対して忠実なる死しか自分の目の前には無いと感じています。

その悲しみが 痛いほど伝わります。

 

この絵を残し彼は爆発事故で死んでいます。

 

ファブリティウスのあとに フェルメールが登場します。光の差し込む窓―そこには生き生きと美しく描かれる女性が生きています。

 

窓―または戸―それは女性にとって希望の光の差し込む入り口―そこで女性は手紙を読んだり、書いたり、楽器を演奏したり、男性と話したり、子供がいたり、お金をもらったり、働いたり、生き生きと生きています。女性の存在と労働は神聖で美しく描かれています。

ピーテル・デ・ホーホに おいても同じでした。

 

しかし だんだんと画面の構成の中に処理できない女性が描かれてきています。1660年頃の「ワインを持つ娘」を見たとき、どうやって彼は これを止揚することが出来るのだろうか、と感じました。

 

絵画展最後の パネル展示の中 「絵画芸術」と いう作品の中にはファブリティウスと同じものが、描かれていました。本物の絵はウィーンにあります。

 

画家-自分-が描いている「女神クリオ」は唯の「おばさん」で、机には描こうとするモデルより大きく、光の方向(神聖なる方向)を向く苦悩した男性のデスマスク(死んだ自分)があります。

 

聖なるものに 対峙するには 自己の死しか方法がありません。

 

しかし、フェルメールの場合は 女性が書物を手にしています。しかも壁にはネーデルランド17州の地図もあります。書物はツキディデスの書で歴史と解釈されています。

しかし、デルフトの絵画に 焦点を あわせて展示されていたおかげで その書物は、それが簿記を象徴するものであったことに気づきました。

 

そこに フェルメールの 抜け道が ありました。

世界に貿易を広げたネーデルランドの栄光と名声は複式簿記を手にすることにより成し遂げられていたのです。

 

複式簿記という言語操作は欲望を実現する手段と考えられていますが、実は人間の欲望をコントロールする技術である側面をもつと私は考えます。

 

簿記初心者の私には大変大胆な発言です。しかし複式簿記の言語操作記述はそれを与えています。取引の両面記述と勘定科目の分類の仕方は、それを可能にすると考えます。その為には再度勘定科目の設定を検討する必要があります。

 

またそのとき女性の労働を考え付加する必要があります。つまり労働と資本の概念を 変化させればよいのではないかと思うのです。

 

労働の概念は歴史と伝統を重んじながら共通の簿記システムで表記出来ます。そして 総括的な経済活動が可能です。簿記の言語システムは、総てに共通する言語の役割をはたしており、かつ価値論を含みません。世界言語として利用可能です。

 

私は学生時代に受けた講義をつぶさに思いだしました。もう30年以上前の講義です。それは仏門に入る大きなきっかけをつくった講義でもありました。

 

学生時代のゼミナールでは国際法の大平善悟先生のもとで世界平和を考えていました。

世界の平和共存の道です。

 

同時にもう一つ私が震撼とした講義は 柴田敬先生の経済学の講義だったのです。

 

それは「地球破壊と経済学」と名づけられて講義がなされていました。授業が終わるたびに私は「そう、このままではいけない。」と考えたのでした。

 

人口問題 温暖化問題 資源枯渇問題を 数値で実証され、原子力の熱公害にも言及されていました。地球破壊危険対策として、経済独自の運動法則-一つのサブシステムとして独自に働いているため、その運動法則を無視せず自然界の生態学的システムに強引に引き寄せることなく経済学と生態学を統一せよと主張されていました。

 

また「壊禍法則」と名づけられて天然資源食いつぶしを説かれていました。

 

またマルクスにも言及され、史的変化過程を逆立ちさせた唯物史観の問題点は生産諸関係の下における経済の運動法則を誤認して革命理論を樹立したためである旨主張されていました。

つまり、もともと生産的労働は、消費手段のためのものであれ生産手段のものであれ、しょせん「手段」を生産するものである。だから、それが目的であることはありえない。しかもマルクスは「生産的労働を営んでいる間 人間は、必然の世界に属さなければならないので、人間としての自由を持つことはできない。自由の王国がはじまるのは、この必然の世界を越えた向こう側においてである」と書いているが、「例えば雷となって荒れ狂う電力との関係における人間の自由は、電力に関する必然法則の埒外に逃避することによってではなく、その法則を活用することによってである」という理論の矛盾を指摘されていました。

 

しかし、フェルメールとデルフトの人々の描く生産的労働は、後の世に「マルクスは労働を神聖なものと受け取っていたけれど、労働を男性的に受け取りすぎている。」と教えてくれています。

マルクスは労働-神聖なるもの-を認めていたのです。

 

ケインズ理論にも言及されていました。「貨幣的不均衡論」と名づけて「ワルラスの一般均衡論におけるような意味の均衡状態-外部から別の力が加わるのでなければ、それ自体としては動きのとれないような仕方で色々な力が突っ張りあっている状態―とは異なった状態」について理論で、さらに貨幣的というのは、「貨幣と経済との間の作用関係に焦点を合わせて経済の運動法則を分析的にとらえるための用具として、展開された」ものとして、説かれていたのを思い出します。つまりスタグフレーションの問題点を指摘されていました。

 

そのころの私は、身の回りに起こる様々な「不可思議」の方に気をとられて、突き詰めて考えることをしませんでした。 

 

しかし、今世界の状況を見てみると、30年以上前に柴田敬先生が 警告された現実が事実となってきています。世界の政治経済は資源争奪のために破局を迎える方向に向かっているとさえみえます。資源の争奪のための武力行使を止めなければ地球が破壊してしまいます。

 

柴田先生は解決方法も提示しておられました。その中で私が興味を引かれたのは「マーシャルのK」に ついてです。経済対策の一つとして環境破壊運動の自己否定力を活用せよという主張の中に「金基底不変法則の活用」を説いておられました。

 

1850年ころ(世界的規模の交換経済体系が形成された時期で、かつ金本位制度が事実上支配し始めたころ)からの統計を検討して、金本位制度が採用されていなくても、世界の主要国の通貨供給が究極的にはそれの金保有額によって制約されるように事実上なっている。長期的に見れば金基底率を不変の正常的水準に保たせようとする力が働くことになることを主張されて、それを「金基底率不変の法則」と名づけられていました。

1971年8月15日に米国は、金兌換を停止しています。

 

1971年8月15日以来、とうとう聖なる労働の 象徴が失われてしまったと、私は考えているのです。

 

金・銀は人間にとって労働の対価として与えられるもの、つまり神聖なるものの代名詞でした。光輝き、美しく、長年変化しません。労働を神聖なものと交換できるということは、モラルが存在することを意味します。

 

破れたり、勝手に書いたり、多量に生産できる紙きれに国際流動性を持たせるならば、別の価値観が必要です。既に世界の人々は、方法論―世界言語として利用可能な「簿記」と会計基準をもっています。

 

平和に協調・共存し地球を守る方向への転換を期待します。

 

次の時代を象徴するものは、すでに フェルメールの 絵画の中に 描かれてありました。

ナチスドイツが、もしも 「フェルメールと同じものを 見たのだ」としたなら、

彼らは簡単な寓話の 設定に いとも容易く飲み込まれて、大変なことを起こしたのだと私は思います。

 

その寓話とは、シェークスピアの喜劇 「ヴェニスの商人」にある如くです。

悪徳ユダヤ商人シャイロークを 純粋な女性 ポーシャが 法律の名の下に弾劾するというもので、友情、夫婦の絆など織り交ぜられて 描かれています。

 

一見笑い話ですが、大変根深いユダヤ人に対する偏見が存在しています。それは、キリスト教で 避けることの出来ない問題「ユダ」を象徴しています。

 

キリストを銀貨で売った男「ユダ」です。裏切り者の象徴であったり、汚い商売の代名詞のように思われていたりします。

ユダヤの人々は ゲットーにより差別され続けてきました。ナポレオンにより一時開放されますが、ナチスによって又、激しく差別されます。

 

それは人々の無意識が「ユダ」を 許すことが出来なかったからだろうと思います。

ユダは なぜ あのような行いをしたのでしょうか。

 

私は次のように 考えています。

聖なる行動を 俗なる社会に 伝えようとするとき 激しい困難に あたります。

 

しかも聖なる行為の意味を理解する人は ほとんどいません。外見をそれらしく飾ればそれらしく映りますが、さもなければ無意味な行動と見えるだけです。

 

あの時期には、キリストの奇跡を知り、周囲はすでに大きな勢力となりすぎていて、政治的には大きな革新勢力と見られていたはずです。

ですから、次の段階にことを運ぶために 何が最善なのかを 弟子たちは考えたことでしょう。

 

追い詰められた弟子たちは、必ず自己の能力の最善を尽くして物事の打開を目指すと考えます。

 

最近「ユダの福音書」が見つかったと報道がありましたが、人々に福音を説くほどに聖なるものに触れることの出来る人だったとすれば、政治的解決を考えるよりも、別のビジョンを見るはずです。

 

このビジョンは 幻影なのですが、あたかも事実のように映ります。

 

それは「過去の事実が 現在も同じように繰り返されている。または 繰り返されるだろう。」というものです。

それは 予言と表裏一体をなすものとして 現れてきます。

 

ですから、過去の事実と同じように繰り返すならば、この追い詰められた現実からの脱出が 可能であろうと考えるはずなのです。

 

ですから 象徴的な 行為をしようとします。過去の人物になぞらえて その行為(業、カルマ)を 規制しようと 努力します。

 

たぶん ユダは 旧約聖書の 創世記のヨセフの兄が自分の行為(カルマ)だと考えたのだと思います。兄たちから 奴隷として売られたヨセフです。

 

そうだとすれば、聖なる行いとして、キリストをヨセフになぞらえて行動をとるはずです。

その行動が 「ヨセフに栄光を与えることになったから必ずキリストにも栄光が与えられるはずだ。」と信じてしまえば、キリストからの助言や 遠まわしの注意があっても、耳を傾けることは出来ないでしょう。

 

ですからどうしても、その時ユダは銀貨30枚で売る必要があったのだろうと私は考えています。

 

密教にはもっと別の次元で、違った象徴を祈る方法があります。

 

しかし追い詰められたユダはそれを持ちませんから、いとも簡単に深い泥沼に落ち込んでいったのだろうと考えています。

 

釈尊が 毒入りの「スータバ マッタバ」を差し出した鍛冶屋のチュンダを哀れみ、死の床で許し諭しているように、キリスト教の人々はユダの人物像を再度考える必要があると感じています。

根深い民族の偏見がまだ解決されていません。

その無意識が 現在のパレスチナ問題に 横たわっています。

 

それはイスラエル側の過剰防衛となり、アラブ側との平和共存を遠くに押しやってしまっています。

 

未曾有の混乱が平和に治まり、総ての人々に平和が訪れ、地球がこれ以上の叫びを上げないように、平和と協調を願っています。



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