ストレスと子どもの発達 その3「ストレスが人を育てる」

 ここで「ストレス」という用語について補足しておきたいと思います。正確には身の回りに起こる出来事が「ストレッサー」で、それによって引き起こされる心身の反応が「ストレス反応」と言われるものです。しかし、一般には「ストレッサー」と「ストレス反応」を区別せずに使われていますので、ここでもストレッサーとストレスを区別せずまとめて「ストレス」と表現しています。ご了解ください。

 さて、前回は「人生はストレスによって構成されていると言っても過言ではない。だから、様々なストレスに出会ったときそれを『当たり前』のものと受け止めることができればそれだけで苦しさは半減される」という趣旨のことを書きました。実は、ストレスについてはさらに別の側面からの見方も可能だと思います。それは「ストレスが人を育てる」という視点です。

 話は変わりますが、最近ヒトの進化に関して様々な視点からの研究が進んでいるようです。一説によると、アフリカで樹上生活を送っていたヒトの祖先(サル)が、気象変化によって森林が衰退したためにやむなく樹上から降りて平地での生活を余儀なくされたのではないか、ということです。平地は樹上と違い凶暴な大型肉食獣が多数いる危険な場所でした。その脅威に対抗しなくてはヒトという種が存続することはできません。しかし、ヒトは大きな牙やするどい爪など武器になるものを持っていません。そこで発達したことの一つが石器などの「道具の使用」です。もう一つは「他者と強い協力関係を構築して脅威に対抗する」という戦略だったと考えられているようです。そして、「他者と強い協力関係を構築し維持する」という特質が発達したことで他の動物と違って非常に大きな集団を維持し、種としての成功を収めることができた、ということです。

 ここで考えるべきは、「森林の衰退」や「大型肉食獣の脅威」というそれまで存在しなかった「問題=ストレス」にさらされたことでヒトという種の進化が促進された、という事です。つまり、ストレスが生物の進化を促進する、といってもいいのではないでしょうか。

 人の身体や人格の発達も同じだと考えることができます。赤ちゃんの時代、離乳を始めるとそれまでかからなかった感染症にかかりやすくなり、急に高熱が出たりして親はあわてるものです。母乳に含まれる抗体が供給されなくなり、免疫を持っていない赤ちゃんの体では病原菌に対抗できないからです。しかし、そうやって身の回りの病原菌にさらされることで徐々に免疫が獲得されていき、病気しにくい体ができてきます。また、外気温の変化にさらされることで自律神経のはたらきも徐々に強化されていき、環境変化に強い体が作られていきます。

 人格の発達も同じです。子どもが一人のときはおもちゃはすべて自分の好きな時間に好きなだけ遊びに使うことができます。しかし、きょうだいができるとそうはいきません。おもちゃを取り合い喧嘩になることがあります。そのとき「人生には思い通りにならないことがある」ということを強烈な「怒り」や「悲しみ」という感情とともに実感するはずです。その問題を解決するためにお互いに知恵を絞ることが必要になります。「自分の感情を抑えて相手に譲る」「自分が独占する」「話し合って遊ぶ順番を決める」「一緒に遊ぶ工夫をする」など、解決策は様々です。どの解決策を採用してもメリット・デメリットがあります。その時々でいろいろな解決策を試し、その結果起こった出来事やそれによって生じた感情をまた経験することになります。たとえば、兄が弟におもちゃを渡さず独占したとき、弟はさらに激しく怒り、喧嘩がエスカレートするかもしれません。あるいは、そのときは腕力で抑えつけられたとしても、その後弟が何かにつけて反抗的な態度に出るようになり、不快な思いが続くかもしれません。弟が親に訴えた結果「お兄ちゃんが譲らなくてどうするの!」と親に叱責されるかもしれません。その経験を通じて、どういう解決策が自分にとって最善かということを確認していくことになります。

 人は、こういった「ストレス」を経験することで、最初から「仲良く遊ぶことがよいことだ」と知識として教えられることよりもはるかに多くのことを学んでいるはずです。逆に言えばストレスがなんら存在しなければ人格の発達もあり得ないと言えるのではないでしょうか。

 そして、このことは、乳幼児期から青年期にかけてだけのことではありません。どの年代にもその年代に特有のストレスがあり、それを解決していくことで新たな解決策を学んでいるものだと思います。

 
〈つづく〉
2012.3.05(豊永)