不登校支援ネット通信「西洋の家と日本の家」

 前回は、近年の若者の弱点として「プライベート」と「パブリック」を区別する感覚が希薄になっている原因の一つとして、家庭外の社会との関係を調整する場として機能してきた「客間」の存在がなくなったことを指摘しました。ふだんあまり意識することはないかもしれませんが、客間だけでなく、家の間取りや構造は、自我の発達に大きな影響を与えていると思われます。今回から数回にわけて、このことについて考えてみたいと思います。
 「家」の素材、間取りや構造には、 その土地の気候や自然環境、文化的要因などが大きく影響しています。乾燥した土地では身近な石やレンガを用い、湿潤な土地では豊富にある木や草を、北極地方では氷を、遊牧民族は動物の毛皮を用いてというように、人は古くから、生きる環境の中にある素材を活かして、気候風土にあった家を作り、暮らしを営んできました。
 ここで、家の基本構造の一つである「壁」に着目し、伝統的な西洋の家と日本の家を比較することで、家の間取りや構造が自我の発達に与えてきた影響について考えてみます。
 西洋の比較的乾燥した地域では、家の壁をつくるのに、分厚く頑丈な石やレンガを多く用いてきました。一方、伝統的な日本家屋では、紙でできた襖や障子を部屋の間仕切りとして用いてきました。西洋型の家では、厚い壁を用いるので部屋と部屋はしっかり区切られることになり、必然的に、食堂、寝室、子供部屋等、部屋ごとに用途が決まっていきました。そのような構造の中で暮らしていると、隣の部屋にいる家族の声や気配は伝わりにくく、必然的に、自分の考えや気持ちを伝えるためには、明確に言葉で自己主張する能力が必要とされ、培われてきました。「雄弁は金なり」という諺は、そのような西洋の意思伝達における価値観を表していると思われます。又、家の外壁は部屋と部屋の間の壁よりさらに分厚く、外の暑さ寒さや外敵から身を守る役割を果たすため、開口部は少なく狭く、気密性が高い傾向にありました。このように物理的に守られた家の中から一歩外の世界に出て行くときには、必然的に自他の境界を意識し、自己を守るための積極的な構えが培われていったのではないかと思われます。
 一方、伝統的な日本の家では、間仕切りとなる襖や障子はとても薄く透過性が高く、隣の部屋にいる家族の声や動き、気配まで敏感に察知できるつくりであり、そのような中では、「以心伝心」という言葉で表されるような、声高に言わなくても伝わる洞察力、察知力が発達してきました。また、外壁は土壁や木の板を多く用いましたが、高温多湿な気候に適応するため、縁側など開口部が広く、多くとられ、透過性の高い、風通しのいいつくりが重視されました。そのような家の中にいながら外の光や雨風の気配、鳥の囀りなどを常に感じて育つと、一歩家の外に出るときに自他の境界を意識することは西洋と比べて随分少なく、自然や環境との一体感を感じたまま出入りしていたのではないかと推察されます。
 もちろんここで言いたいのは、一概にどの文化が優れているということではなく、いかに人の自我発達が、自然環境や家の作りなどといった物理的、具体的要因の影響を受けているのかを意識してみようということです。
 次回は、家の間取りや構造が自我の発達に与える影響について、さらに考えていきたいと思います。 
                  2014.1.31竹下