現代医学との関連について

現代医学との関連について
(これまで関わってきた研究をベースとした一私案)

仏教では渇愛という汚れた心の働きによって苦が生じるとされます。渇愛は百八とも八万四千ともいわれる多くの煩悩を生じ、病気を含む諸々の苦の原因となります。煩悩には怒り、鬱(昏沈)、躁(掉挙)、後悔(悩)、倦怠感(睡眠)などの多くの感情が含まれています。感情は表情として表われるとともに、生理機能とも密接に関係しています。近年、喜びなどのポジティブな感情は気分をリラックスさせるとともに副交感神経の活動を高め、免疫機能を向上させること、一方怒り、抑鬱、不安などのネガティブな感情は逆の結果をもたらすことが明らかになってきました。

代表世話人は現在、顔の表情と感情の関係を研究しています。指を使って受動的に顔の表情を変えるだけで、ある感情が生じる、あるいは気分が変わることを明らかにしつつあります。例えば指で両目を受動的に開けると、数分で気分がすっきりして頭が冴えた感覚になります。感情評価テストでも、活気度が増す一方、鬱や緊張、不安、怒りなどのネガティブな感情が減少する結果を得ています。脳波の測定では、特に前頭部でα波が増大しました。これは目開けによって前頭部の脳活動が鎮静化していることを示しています。現在、これを検証すべく、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いて脳活動を調べております。まだ実験進行中の段階ですが、前頭前野の最前部、前頭極皮質と呼ばれる部位を中心に脳活動が減少するという結果を得つつあります。この結果は脳波測定の結果(前頭部の脳活動が鎮静化する)と一致しております。前頭前野は脳の最高中枢であり、知(思考など)、情(感情、気分)および意(意思及び行動の決定過程)を担っています。前頭極皮質は将来の予測や自分が行った決断の評価に関係するという研究結果がありますが、まだ働きの多くが解明されていない脳部位です。感情評価テストの結果も併せて考えると、目を大きく開ける事であれこれと活発に働いていた心の動きが静まり、その結果、心の働きを統括する前頭極皮質の活動が減少したのではないかと考えられます。鎮静化した心の状態で、バイアスをかけることなく自己および周りの現実を正確に認識するなど、今まで提唱されてない何らかの機能に重要な働きをしているのではないかと、現段階では考えています。この研究の発展はさらに顔の表情を超えて、体の静的・動的表現(姿勢や舞踏など)と感情/気分、および生理的反応の三者は密接不可分である、すなわち一つを変化させると他の二つも相応に変化するというような生命機能発現の新たな原理の開拓に繋がるのではないかと考えています。今後さらに、新しい視点から脳機能の解明を進展させることを目指しています。

体の痛みや内臓の不調を軽減する方法として鍼、灸、按摩、漢方薬などが古くから使われており、世界に誇る東洋の医療として認知されていることは皆さんよくご存じのことと思います。しかしながら、少し古い年代の人は、漢方医学は迷信として片付けられ、現代医学からは相手にされていなかったことを記憶しておられる方も多いと思います。これが転機を迎えたのは1972年ニクソン大統領が国交樹立のため訪中した際、中国の針麻酔による手術が世界中に報道されたことにあります。世界中の科学者が針麻酔の科学的解明を試み、脳内鎮痛物質の作用に関する一定の成果を上げました。また、鍼灸は皮膚や筋肉を刺激する方法ですが、この刺激により、内臓の働きが脳と脊髄を介して神経性に調節されることを、当時東京都老人総合研究所(現東京都健康長寿医療センター)におられた故佐藤昭夫博士が初めて明らかにしました。私もかつて佐藤先生に師事し、その一端について研究しました。現在、特に鍼や指圧、温冷湿布の効果が欧米の研究者から注目されており、内蔵調節機構のさらなる科学的解明に向けて世界中で非常に多くの研究がなされています。

現代医学を補う医療として、民間療法あるいは代替療法といわれるものがあります。その多くは科学的に解明されておらず、鍼灸や漢方薬もかつてはその範疇にありました。健康法も含めて怪しげなものも多くあるように思いますが、現代医学では克服できない病気も沢山あり、民間療法を正しく判断しないと医学は成り立たない時代になってきました(代替療法の医学的証拠、米国医師会編、田村康二訳:2000年)。古くから伝えられている治療法の中には科学の対象になり得るものも多々あると思います。現在科学的に証明されていないからといって迷信であるとは限りません。測定技術の進歩に伴って、将来検証できる可能性があるからです。瞑想の研究について先ほど述べましたが、人の脳の活動を測定する革新的な技術が開発されたことにより、これまで未知あるいは眉唾とされてきたことが科学的に明らかにされつつあります。科学的方法論に基づいて合理的に判断し、有効なものは医療として活用していくのが人類の福祉にかなうことであると思います。

※代表世話人の研究リストなどについては
researchmap(外部サイト) をご参照ください。

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