副住職の祈りのうた~尼僧としての人生(2008年の記事です)

真言寺の副住職として20年以上活動してきました。ちょうど2005年8月9日は 60回目の長崎原爆の日でした。8月9日―この日私は、地からの呻き声の様なものを聞いていました。悲しみと、泣き叫ぶ声は、轟々と救われること無く私の 耳に響いているのを感じました。世界の歴史が歩いて来た道は、まるで抜け道を探しても、探しても見つからない出口のない戦いの連鎖の中にいるようです。
長い間、社会的格差の中で苦しめられ、生きることに疲れてしまった女性たち、そして戦争に巻き込まれた人たち、弱い者たちの悲しみの声は いまだ止まることがありません。その声に私も女性として大変同感し理解できるからです。
真言寺では色々な相談を受けてきました。恋愛、仕事、結婚、出産、育児、教育、病 気など、女性がどのように考えどのように行動すれば幸せになることができるのかという相談でした。また自然の理にかなうことができ、聖なるものとどのよう に触れ合うことができるのかと言う疑問も、祈りながら提示してきました。自己の行いが基本なのです。
 
今までの活動を振り返ると、人生への助言は成功するのですが、次の段階として聖な るものに自己の魂が触れようとする時にうまくいかない人が、多いのです。一歩手前で、そのほんの一歩手前で、次々に起こる欲望の渦の中で、間違って私の言 いたいこととまるで正反対の行動をおこしてしまいます。何故このようなことが起きるのか深く考え、それを乗り越えるために祈りを形に現すことにしました。 それが聖天院のお前立の観音様です。両脇に十二天を配しました。どれほどの事が伝えられるのか、また理解してもらえるのか判りません。
まず現在女性でも出来る修行の道、巡拝の道として祈り開いた塚原古墳公園に隣接す る聖天院は祈るための社会的かつ自由な空間です。この空間は古代に存在し、なおかつずっと、忘れ去られてきたものだと私は考えています。同時に瞑想し、苦 しみから何が問題であるのかを提示して、理解をして具体的にその行いを積んでいく、生きている大生命のその一部である自らを感じ、自己の聖なるものを未来 そして永遠につなげて行くための空間として存在しているのです。
 
 
「祈りの歌」
 
苦しみ 悲しみの 声を 聞け
命は 不動明王の 手の中に 在った
地から 響く
この苦しみの 呻く命の 声を 聞け
君よ
喜びの 声を 聞け
仏陀を 讃える 歓びの声を聞け 君よ
仏陀を 讃える 声をあげよ 君よ
 
歓び解脱は 聖天の供養 
聖天は塔の 中に 眠る
扉には 三昧耶戒の 鍵
 
開け 開け 塔を 開け
 
守れ 守れ 三昧耶戒を
万徳は 円満する
 
これは今まで 祈ってきた道筋を歌ったものです。尼僧として寺の副住職であり,母 として妻としていることとは、現代日本ではなかなか大変です。まず頭を丸めたまま日常生活を行うことは、葛藤を引き起こしてしまいます。また尼僧としての 結婚は戒律をおかしているのではという問題が生じます。これを自他ともに納得いくように解決しなければなりません。そして何が生きる上で大切なのかを考え 教えなければなりません。妻として母として尼僧として常にどの様に生きるべきか、どの様に考えるべきかを問われます。又寺の雑用は非常に多く、相談に来ら れた方の問題の助言の時間を加えれば、寝る時間がほとんど無い日々を送らざるをえませんでした。又住職に対しては僧侶対僧侶の発言をし、平等に祈ることを 条件にしていましたから、祈ることに関しては平等かつ責任をもたなければなりません。加えて仏教には女性差別が色濃く残っており、社会的には、とても重く 大変なことでした。加えてここ熊本は宗教対立に根深いものがあります。古代の古墳と遺跡、神代の伝説、キリシタン弾圧と隠れキリシタンの歴史、封建的な農 業組織、神社の講組織、浄土宗の門徒組織、そして太平洋戦争敗戦の心の痛手はいまだこの地方から消えていません。水俣病に代表される公害は戦後の日本を蝕 んできました。どの様に解決したらよいのか直接目の前に突きつけられてきましたし、自分がこの問題を一つ一つ解決して行くことが、この世界に、この土地や 環境に新しい息吹を吹き込むことになると考え努力してきました。それは今の全世界の問題と繋がっています。そして、それは忘れさられた古い古代の空間とも 繋がっています。理解して行うことが次の時代を作ると考えています。共に祈りましょう。そして共に祈りの新しい空間をつくりましょう。