文化財の展示に思う

文化財の展示に思う

 

 
先日まで 暑い暑いと騒いでいたのが嘘のように 涼しくなりました。
秋の風が 寂しく、風は まるで 今を大切に生きよと 吹いているようです。
 
ちょっと気になる言語を 目にしたので ここに書かせていただくことにしました。
あくまで 私の個人の意見です。
 
実は文化財の鎧の「紅糸威腹巻」の言語にびっくりしたのです。鎧などほとんど興味がありませんでしたが、ちょっと 驚いたのでここに書かせていただくことにしました。
 
これは「緋威御腹巻」であろうと考えたのでした。その文章では、紅花で染めたので「紅糸」だとのことで昭和53年から展示分類に使われてきたと書かれてありました。
 
そうか 「昭和」で、すでに 「緋」は 滅びたのかと感じたからです。
 
「緋」は 色だけでなく、昔の人間なら誰でも皆知っている「赤いねり絹」のことで、精錬し光沢と柔らかさを出した生糸またはそれで織られた布を意味しています。
 
「緋」は 始めは「茜染め」でしたが、平安時代以降 くちなし(黄色)の下染めに 紅花を染め重ねたものでした。
何度も紅を染め重ねると好きな色がでます。 これぞ わが最高級の「緋」であると昔の武士は主張しました。
 
また「思ひ」という言語から「ひ」は「思い」の色と考えられていました。
特に「糸偏」の「威」は和製漢字で「おどし」と呼んで「脅す」意味に加え 「つづる」を意味していました。
「緋縅」は武士の心と行動の原点を表明した高級品と考えられていたのです。武はつづられた「道」に守られると考えたのです。
 
え?何の道か?って・・・・? 聖なる道、仏道ですよ。
 
また「緋」は「黄丹」の染め方(延喜式)と同じ方法をとり、「黄丹」は天皇が神事にもちいた白に次いで、紫より上位に置かれており、禁色の代表のような色でした。
 
「黄丹」は皇太子の礼服の色として制定されていましたから、「黄丹」を使うことは出来ません。ですから下々は代わりに「緋」を用いて、神事をつかさどる権威を持つということを主張していたのです。
ですから今でも 真言宗の僧侶の最高色は「緋」なのです。
武士も「吾に神仏の味方あり」と主張したのが、「緋」であって「紅」ではありません。
 
これらの歴史と染め方とが総て忘れられて「紅糸」と書かれていたことに 驚いたのでした。
 
古文書、骨董を考えるとき その言語が何を意味するかを 深く検証して展示しておかないと なにがなんだか判らなくなってしまい、そのものをみても心が通じないということになると心配したのです。

滅びた「緋」は せめて博物館で「緋」として展示してくださいね。