社会での認知が進んでいる不登校支援

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 以前は中学校で不登校生が出ると、その生徒に対しての支援としては、担任一人で、週1回程度の家庭訪問、それも顔を見て、「学校に来ないか」と一声かけるぐらいの関わりであったと思います。何をしたらよいのかと悩んだり焦ったりしていた担任は数多くいましたが、支援の方策がわからなかったのです。また、組織としての取組や関係機関との連携もあまり行われていませんでした。

 ところが、ここ数年、学校現場へのスクールカウンセラーやSSW(スクールソーシャルワーカー)の派遣、関係機関との連携、先生方の不登校支援研修による理解などが進み、

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春、植物の営みに想うこと

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 ここしばらく続いた暖かさで、畑のブロッコリーのわき芽が驚くほど大きくなりました。伸びるにまかせていた小松菜はもう黄色い花をつけ、隣の畝のほうれん草はこの23日で茎を天に向かって伸ばし、花を咲かせる準備に入っているようです。自然の営みは本当に不思議です。近頃、ユーモラスな文章に魅かれて「ファーブル植物記」を少しずつ読んでいますが、足こそないけれど植物も生きていて、環境に日々一生懸命呼応しながら、個体として、そして種として変化し続けているのだなあと感じさせられます。

 この季節は、多くの子どもたちにとって変化の節目を迎える時期でもあります。ほどよい土壌や気候条件の中で植物が自ずから変化を遂げていくように、子どもたちも本来、適切な環境に恵まれれば、自ずから発露していく生命の力を、それぞれに内在しているのだと思います。「心の病は薬だけでは治らない。『人薬』が要る」と言っている精神科医がいます。学校や病院など臨床の現場で、たくさんの子供たちや、前に子どもだった人たちに出会います。そんな中で、人は周囲の人たちの一言で、傷つき、あるいは、元気になる、まさに人の間に生きる存在であることを痛感します。風に吹かれて落下した種を受け入れる土のように、厳しい冬の寒さの後におとずれる春の日射しのように、子どもたちの成長を見守る存在になりたいと思います。

2010.2.14(竹下)

経済不安と子どもたち

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ここ何年にもわたって日本経済は低迷を続けています。その中で私の守備範囲で気になることがあります。それは経済不安を抱えている家庭の子どもたちが、精神面・行動面での不安定さを表現しやすい傾向にあることです。

それまで元気に明るく生活していた子どもの表情がある時期から曇りがちになり、教 室に行けなくなります。「どうしたのかな?」と聞いてみると「仲の良かった友達とうまくいかなくなった」「原因はわからないけれど、最近お腹が痛くなるこ とが多い」「勉強に集中できず、ついていけない」などいろんなことを話してくれます。しかし、なぜ急にそういう状態になったのかはよくわからないことがほ とんどです。時間をかけて付き合っていくうちに、

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