「卵が立つ」~信じ、任せることの力

印刷用画面

 数年前に、故野口三千三先生(体操の先生)の著書の中で、「生卵は立つ」という話を読みました。ふと自分もやってみたくなり、卵を立ててみました。しばらく時間がかかりましたが、卵は立ちました。

 それ以来、できそうにないと思っていたことができたことの不思議と、静かに凛と立ち続ける卵の姿の美しさに魅せられて、繰り返し立ててみました。どこにも重さが偏らず、バランスの整う一点が定まった時、そしてその「時」を立てている人が感じ取り、卵が立つことを信じて、重力に任せて指を静かに離すとき、卵は立つようです。

 続きを読む....

子どもたちに安心できる空間を

印刷用画面

 

カウンセリングで出会う高校生に「毎日の生活の中で一番安心できる時間・場所はどこ?」と訊ねてみます。多くはこういう答えが返ってきます。「自分の部屋に一人でいるとき」「自分の部屋で寝ているとき」「自分の部屋で音楽を聞いているとき」などです。「リビングで家族一緒にいるとき」と答える生徒はほとんどいません。

不登校になる生徒の多くにとって学校という場が安全で安心できる場にはなっていません。だから学校という場にいられなくなっていると考えられます。そして実は、多くの場合家族という空間も安全で安心できる場ではなくなっているのです。不登校にはなっていない生徒に訊ねても「家族と一緒にいるときが安心できる」と答える生徒はほとんどいません。今、子どもを守るべき家庭が十分子どもを守れない状態になってしまっているようです。

どうしてそんな状態になってしまっているのか。一つの原因として

 続きを読む....

無条件の肯定的メッセージ

印刷用画面

 カウンセリング場面で出会う子ども達は現実生活のなかで傷つき、自分自身を受け入れることが非常に難しくなっています。「自分はだめだ」「自分が嫌いだ」と語る子どもが多いものです。自分を受け入れることができないので苦しんでいる、とも言えます。そういう子どもたちの話をよく聴いていくと、周りの人から与えられているメッセージの多くが、「・・・でなくてはならない」「・・・でないと認めない」という「条件つきのメッセージ」であることに気付きます。「自分を受け入れることができない」という心の状態は、周りが「・・・でないと認めない」という条件つきメッセージをその人に与え続けることによって形成されていくことが多いようです。  
   「勉強ができないとだめ」「仕事ができないとだめ」「”よい”人でないとだめ」etc・・・と周りは要求します。それは社会が存続していくために個々人に与えられるものですし、私たちはその要求に何とか応えることで社会に受け入れられます。条件つきメッセージの多くは社会的な要求から生じるものといえます。決して条件つきのメッセージ自体が悪いわけではありませんし、社会が存続していくためには必要なものとも言えます。

  しかし、最近気になるのは、条件つきメッセージがあまりに強くなりすぎている傾向があることです。近年「勝ち組」「負け組」という言葉が

 続きを読む....