新しい時代に向かって

今世界は、荒れ野となって、美しく大切な命が大事にされていない状況を聞きます。

あなたが生きる、その自然の中の自己を再発見し 確認し 生活を新しくデザインしましょう 

このことは政治、経済、のみならずあらゆる人の生活様式の見直しを意味します。

そこで世界にある個々の文化は再評価を与えられ、

新しい価値が見出され、文化的棲み分けを可能とし、

また文化的連帯が促進され地球に、あなたの生きる生態系に矛盾の無い新秩序が生まれてくることと確信します。

私たちは人類の生活体系を見直し、また日本人の現在の生活感覚を見直す必要があります。

一人一人が 人としての向かうべき方向 へ 歩きましょう。

 


 

10月予定

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 7日 人間学講座(:礼拝堂10:00-)僧侶修学会(14:00-)
14日 東京例会(10:30-僧侶修学会:13:30―法要
                   15:00-仏教講座)
21日 お大師さん(護摩供養 10:30-観音堂)
     真言寺住職は聖天供:護摩は真言尼寺住職です
27日 仏教講座(副住職10:30-礼拝堂)
            14:00-写仏講座:座禅
      写仏講座の後、座禅をおこないます。
28日 定例会(観音堂護摩供養10:30-)
     真言寺住職は聖天供:護摩は副住職です。
     薬師堂医療無料相談(14:00ー)
ご祈祷は観音堂にて拝まれます。
個人の相談、供養、先祖回向は本堂にて拝まれております。

真言尼寺の窓から

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皆さま お久しぶりです。
何年もここに書くことはしませんでした。
熊本震災があり、大変ご心配をおかけいたしました。
いろいろなお気遣い誠に有難うございました。
直ぐにとは行きませんでしたけれど、少しずつ平常になりつつあります。
真言寺の住職の祈りに対する態度が、真言寺と真言尼寺を支えました。
私は、真言尼寺で長年にわたり聖天様を拝んできました。
今、聖天様は例会には私が拝んでいますが、日常は真言寺の住職が拝み始めています。
そして私は、ターラ菩薩を拝む為に、少しばかり準備をしています。
訳が解らないと、お叱りを受けそうです。
しかしながら、どうしても必要だと考えてのことです。
そのため真言寺住職が、人前に出ることも自然と少なくしています。
どうぞご理解いただきますようお願い申しあげます。

LDN通信7月号

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己の行いの善悪の果報を悟らず。己の欲望の赴くままに振る舞い語ることまさに禽獣のごとくして、慚愧の念なく言葉だけが虚しく踊る。
人の仏たる霊性を悟らず、赤き肉の塊をのみ愛して、心に至らず。
犬猫のごとく野猿のごとく餌を求めて彷徨い泣き叫ぶ。
口を潤すにきゅうきゅうとして眼には真理の光が射さず。
慾楽のみが眼に映じ無明の闇深く道の何物も見えず。
この心の貧しき事、極貧の中の極貧、与える事を喜ばず、
ただ集め取ることを己の性とする。
騙し、かすめ取るを喜びとして、他の人々の嘆きをあざ笑い、そこに胡坐する。
その性の悲しき事、観世音は涙する。
広大無辺の慈悲の大海に住む観音は清き涙を流す。
衆生の求めるところの五慾の安楽は多くの失望と悲しみを生み出す。
与えず欲しがり、怒りながら許しを請う、悪業を行い善果を欲する。
暗智の中の暗智、愚かが中にも愚か、己の体を濯ぐに濁水をもってするがごとし。
悪臭は己を卑しめ、他人を損ない、世を不浄にして鼻を摘まんで息を殺す。
ここに大覚世尊慈悲を極め、方便を駆使して、法輪を回し給える。
正伝の仏法はここにある。
しばし聞け、しばし口をつぐめ、しばし足を止めよ、しばし心を静めよ。
そして世尊の声を聴け、己の行いの因果と果報と、聖なる行いの道と、真実の安楽たる涅槃の何たるかを聞け。
今聞け、発心せよ、そのままで、何の疑いを挟まず、聞けよ、聖なる声をその言葉があなたを自由にする。

LDN通信6月号

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眼暗きがゆえに光を見ず、光なきがゆえに道に迷い、
常に疲れを背負ってあてどもなく歩く。
心も体も疲れて、希望もなく、生きる喜びもなく、虚しく時を過ごす。
己の濁った心の鏡は真実を映さず、常に曖昧にしてもどかしく幻想を生み出す。
幻想とくみして戦いを挑むことの悲しさよ、
敵をあちこちに作り、越えられない壁を心の周りに作る。
唯己の心のなせる業、知恵なく無明深く己のことを知らず、
己を顧みず、己の心を深く掘らず、
己の性の赴くところを生存の意味として生きる。
魚の性は水、鳥の性は空、因縁の赴くところ、
己の心も体も人生も因縁より生ずる。
己の因縁を深く顧みよ。
己の不幸は己の汚れた心にある。心を清めよ。
因果の道理を悟って心を清めよ、仏の慈悲を感じて心を清めよ、
良きものも悪しきものも唯己の心より生まれる。
心に不浄なきを最上とする。
人は幾度とない輪廻の中で深き宿業を宿して、それに支配され惑わされて絶望する。
この輪廻の苦を離れることが涅槃である。
仏陀は衆生の苦を感じて法を説かれた。
仏のダルマとはそのことである。
苦の只中にある己に救いはあるか、絶望だけが押し寄せる人生、
深い葛藤の只中の生。
手を合わせて仏の顔を見よ。そこに道はある。
仏の慈悲の眼に貴方は映っている。

LDN通信5月号

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真実は実に麗しく、誠実は実に爽やかで、真心は常に温かい。
人の望むものは誰一人違わぬ物事である。
あらゆる生命は太陽の光と熱の恩恵を受けて命をつなぐ、
人は心の奥で己の命が紡ぎだされた仏の命を知っている。
大宇宙の只中で独り端座してこのことを確認せよ。
己は仏の命。
この心しか寄る辺はなく、この心しか仏はない、
自心本尊こそが真実。
己の心を極めよ、他を望んではならない。
他は光の影のようなもの変化して止まらない。
僅か百年にも満たない人の寿命、居眠りしている間に太陽は傾き、
夜の帳を迎える、死がやってくる。
焼けこげるような己の欲望にさいなまれるな、
己の燃える煩悩は己の心と身を焼き生活を滅ぼし、
仕舞には地獄へと落ちる。
重き肉の塊と荒れ荒ぶ己の心の只中で、仏陀に合掌して礼拝せよ。
重き鎖が切れるその日が来る。
信心こそが己を救う。
愚盲なる己であればこそ礼拝供養せよ。
仏の慈悲は己の発心を捨て置かない。
仏は声を挙げて求める人を救いとる。
心を起こせよ、仏に向え、
この世のあらゆる価値は仏の知恵を超えるものではない。
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