真言尼寺の窓から

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皆さま お久しぶりです。
何年もここに書くことはしませんでした。
熊本震災があり、大変ご心配をおかけいたしました。
いろいろなお気遣い誠に有難うございました。
直ぐにとは行きませんでしたけれど、少しずつ平常になりつつあります。
真言寺の住職の祈りに対する態度が、真言寺と真言尼寺を支えました。
私は、真言尼寺で長年にわたり聖天様を拝んできました。
今、聖天様は例会には私が拝んでいますが、日常は真言寺の住職が拝み始めています。
そして私は、ターラ菩薩を拝む為に、少しばかり準備をしています。
訳が解らないと、お叱りを受けそうです。
しかしながら、どうしても必要だと考えてのことです。
そのため真言寺住職が、人前に出ることも自然と少なくしています。
どうぞご理解いただきますようお願い申しあげます。

LDN通信7月号

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己の行いの善悪の果報を悟らず。己の欲望の赴くままに振る舞い語ることまさに禽獣のごとくして、慚愧の念なく言葉だけが虚しく踊る。
人の仏たる霊性を悟らず、赤き肉の塊をのみ愛して、心に至らず。
犬猫のごとく野猿のごとく餌を求めて彷徨い泣き叫ぶ。
口を潤すにきゅうきゅうとして眼には真理の光が射さず。
慾楽のみが眼に映じ無明の闇深く道の何物も見えず。
この心の貧しき事、極貧の中の極貧、与える事を喜ばず、
ただ集め取ることを己の性とする。
騙し、かすめ取るを喜びとして、他の人々の嘆きをあざ笑い、そこに胡坐する。
その性の悲しき事、観世音は涙する。
広大無辺の慈悲の大海に住む観音は清き涙を流す。
衆生の求めるところの五慾の安楽は多くの失望と悲しみを生み出す。
与えず欲しがり、怒りながら許しを請う、悪業を行い善果を欲する。
暗智の中の暗智、愚かが中にも愚か、己の体を濯ぐに濁水をもってするがごとし。
悪臭は己を卑しめ、他人を損ない、世を不浄にして鼻を摘まんで息を殺す。
ここに大覚世尊慈悲を極め、方便を駆使して、法輪を回し給える。
正伝の仏法はここにある。
しばし聞け、しばし口をつぐめ、しばし足を止めよ、しばし心を静めよ。
そして世尊の声を聴け、己の行いの因果と果報と、聖なる行いの道と、真実の安楽たる涅槃の何たるかを聞け。
今聞け、発心せよ、そのままで、何の疑いを挟まず、聞けよ、聖なる声をその言葉があなたを自由にする。